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マスコミの熊本地震での対応

放送事故? かと思えるようなTV放送があり、各局の対応を見てもそれぞれの社世が見え隠れする。

そもそも、報道とは、そこに起こっている事を正しく世間に知らせるためのもの。

NHKのクローズアップ現代の様なやらせや、
大きいデモや衝突があっても全く報道しないという権利を持ったものではない。

被災者の食事を奪うような行為。
子供を雨の中に追いやるような行為。
「車どかせ!」と怒鳴られるような行為。   如何なものであろうか

如何なものであろうかとは、止めた方が良いという事ではなく、正しいか間違ってるか私には判断できないという事である。

マスコミ報道によって集められる寄付も大きいだろう。

(アグネスチャンと黒柳徹子がどっちが寄付を集められるかって? 哲学的な話だ)

一つ言えるのは、

シリアで女性戦場記者が死亡した時、同僚の男性(内縁者)が助けようとした行為は、
実に卑怯であり、不愉快だ。

カメラマンはそこにはいない人間として、映像を映すのが仕事である。

手を差し伸べれば助かるのに、現状を世間に知らしめるために助けないでカメラを回し続ける。  回し続けてきたのであろう。

ある意味では非人道行為だが、それが停戦活動に結び付く。
一人の命を見捨てても、報道とは何かという姿勢を貫く。

女、子供、知人、家族がどんなむごい事になっても、それを映すのが、報道の使命だと私は思う。

戦場カメラマンが自分の彼女の撃たれた姿を報道できないのは情けない。
地震記者が被災者に怒鳴られたくらいで、映像を切り替えるのは情けない。

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